現在地の確認

「現在地の確認などやめてしまえ。それは大いなる錯覚だ。君たちに現在地などないのだ。京都だとか、大阪だとか、東京だとか、神奈川だとか、固有名にたぶらかされておるのだ。おまえたちは、どこにも、おらんのだ。なぜ、この単純な事実が、わからん! 二号よ、おまえはどこにいる?」
「京都市内のアパートであります」
「これが馬鹿の言い草だ。何度教えても飲み込みが悪い。二号よ、おまえはどこにいる?」
「京都府京都市左京区にあるアパートの205号室であります」
「これを工夫の結果だと思っておるんだ。鞭でしばくことを許可する」
 しばらく、二号のうめきごえが室内に響いた。
「二号よ、おまえはどこにいる?」
「郵便番号から言えばよいでしょうか」
 鞭が飛んだ。
「われわれは、愚かだ。愚かであることを知らないほどに、底抜けに愚かだ。おまえはどこにいる。二号よ、おまえはどこにいる?」
「わかりません」
「ようやく、一歩前進だ。これは小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ。二号よ、この言葉はどこと関わっている?」
「月面です」
「鞭でしばけ。みみずばれがよっぽど好きと見える。地球なんてものはない! 月なんてものはない! おまえたちのちっぽけな言語世界を周囲と共有しただけで、真実と思い込むな!」
 男の隣にいた人間が、無言でペットボトルを渡した。男はそれを飲んで唇を湿らせた。いまや二号の肉体は赤く腫れ上がっていた。男は口を開いた。
「さあ、排便用意をしなさい。私の便意は正確な時刻を告げる。53秒後に私は肛門を開く。それまでに便器を用意しておきなさい」
 しばらく、周囲に慌ただしい人の動きがあった。
「私は毎回、おまえたちの前で排便することに決めている。おまえたちはすぐに私を肉体ではない何かだと思いたがるからだ。安物のスピリチュアルは、糞を排除するがゆえに安いのだ」
 便器が用意されると、男はズボンをおろして排便した。いやなにおいが室内に立ちこめた。
「二号よ、おまえはあわれだ。悲しいほどに、あわれだ。しかし二号よ、おまえは特別にあわれではない。二号よ、おまえはただの標準的な人間だ。これっぽっちも知らない、宇宙のことも、地球のことも、日本のことも、京都のことも。二号よ、おまえはどこにいる?」
 禅問答はもう嫌だ、と後ろのほうで誰かが言った。
 禅問答ではない、ただの拷問だ、と別の誰かが答えた。
 窓の外では鈴虫が鳴いていた。
「あの音をよく聴いておけ、馬鹿たれどもめ! あれが真実なのだ。真実は鈴虫の鳴き声なのだから、それを電波にのせれば、ようやく人類が電波なんてものを発見した意味も生まれる。冬が来る、春が来る、夏が来る、秋が来る、来やしないのだ、そんなものは! おまえたちは、本当に、愚かだ。時間と場所! 時間と場所! もう一度言うぞ、時間と場所! こんなものは、たわごとだ! 二号よ、おまえはどこにいる?」
「京都市内のアパートであります」
 二号の肉体には生傷が絶えない。

上田啓太

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