あなたの肉体は、わたしの大事な宝もの。絶対に傷を付けないように、全力で守らなくては。ヒィ! 自動車というのは、危険なしろものだ。あんなものが大量に走り回っているのだから、この街は野蛮である。衝突すれば、この子の肉体は、一発で終了してしまうだろう。わたしの大切なあなた、小さな手のひら、生まれたての肉の重み、わたしの肉からあなたの肉が生じたことに、わたしは今も強く感激したままなのです。わたしの肉は、あなたの肉を作り出すためにあったのだと、生まれてきた意味を教えられました。辛いこともあった。悲しいことのほうが多かった。肉を恨んだこともありました。しかし、あなたの誕生は、わたしの肉を肯定してくれました。そして自動車は、それを台無しにする可能性を秘めた、危険な乗り物なのだ。街には危険がいっぱい! ショベルカーほどでは、ないにせよ。

 ねえ、二人で塔に登ろうよ。ぼくのお父さんは、静かに死を待つ身なんだ。本人が気取りをこめて言っていたよ。おれは病魔にむしばまれ、もはや、余命いくばくもない。あとはただ、静かに死を待つ身なのだ、とね。
 まったく、本を読みすぎた報いだよ。死の直前まで凝った言い回しをするんだから。ぼくなら絶対、死ぬときに複雑な言葉なんて発しない。ギャーッ! グエーッ! そんな断末魔とともに、死んでみたいものだ。それは、コロコロコミックの死にかただ。あるいは、ボカーン! 爆発音とともに死ぬのだ。特撮番組の怪人は、みな、爆発によって死んでいった。幼少期の記憶にのこる怪人たちの死にざまが、今も理想の一形態として存在しているよ。
 さあ、行こう。手を取りあって、二人で家出をするんだ。下着と毛布をかばんに入れて、夜は路上で眠るのだ。きっと、薄汚れた衣服を誇りに思う子どもになるだろう。さようなら、ぼくの家よ、病床の父よ!

オペ彦

 深夜二時、コアラとラッコのしりとり接続を見つけて歓喜する。無限に続けられるのだ。コアラ、ラッコ、コアラ、ラッコ、コアラ、ラッコ、コアラ、ラッコ……。終りのないしりとりに、よろこぶ私は日本人。
 しかし、これは拷問にも使えるという。二人の人間を密室に閉じこめて、片方の人間にコアラと言わせ、もう片方にはラッコと言わせ、それを永遠に続けさせると、二人ともすぐに黒目が定位置を離脱して、頭がおかしくなってしまうそうなのだ。
「コアラ役とラッコ役、どちらが先に発狂するんだろう?」
 ひとりの小学生が、夏休みの自由研究として、これを実行した。名前をオペ彦といった。オペ彦は両親にねだり、一組の人間を購入してもらったのである。
「コアラ役のほうが先に発狂しました。時刻は八月二日午前四時二十五分。実験開始より、四十時間が経過した時のことでした。しかし、相手を失ったラッコ役は、それでも惰性に引きずられ、ひとりでラッコとつぶやき続けていました。ラッコ、ラッコ、ラッコ、ラッコ、ラッコ…‥。これじゃあ、しりとりになっていない! 僕は不満である!」
 ああ、大富豪の元に生まれ落ちた肥満体の子どもよ。他者へのあわれみを知らず、自分以外のすべては実験動物なのだ。

上田啓太

連絡先:pelicanmatch@gmail.com

Twitter:@ueda_keita|別ブログ:真顔日記